トレドを歩いていると、ふとした瞬間に物語や絵本の一節の舞台のような、何とも現実離れした美しい景色に目をみはることがあります。ここ、エル・バニョ・デ・ラ・カバも、トレドの代名詞とも言えるタホ川の岸辺に、静かにひっそりと何世紀もの間、純粋な自然の美しさを保ち続けた一角です。
サン・マルティン橋近くのこの場所には小さな塔があります。川の水量に応じて何段階かの高さからアクセスできるように設計された古い桟橋だったようです。 その建設はイスラム時代にまで遡りますが、キリスト教時代に改築されています。
この塔は、この地で代々語り継がれてきた伝説によりその名が知られるようになったという説がありますが、実際には、この塔が建設された時代、つまりトレドが西ゴード王国の首都であった時代以前にこの伝説の中のできごとが起きているようです。
伝説によると、西ゴードの貴族であったドン・フリアン伯爵には、フロリンダ・ラ・カバという名の娘がおり、父親はこの娘を女官として王家に従事するよう、トレドの宮廷に送りこみました。フロリンダは若く美しく、ロドリゴ王は娘に夢中になりました。 けれども、彼女は王に魅力を感じることができず、その愛に応えることはしませんでした。
フロリンダは夏の間、毎日川で泳いでいました。ある夜、王様はタホ川のほとりへ向かう娘を見つけ、彼女を追い無理矢理自分のものへしてしまいました。もちろんフロリンダは、王に非常に腹を立て、父に事実を告げます。父は怒り、王への復讐を固く心に誓いました。
父親は、ロドリゴが王位を奪った前の王であるウィティザの息子たちが、北アフリカのイスラム勢力の力を借りて王国を取り戻すことに協力することに同意し、ここで王に復讐しようと考えました。もちろんイスラム軍にとってこの同意は、40年間試みてきたイベリア半島への侵略への扉が開いたことを意味しました。約束に反し北アフリカのイスラム教徒軍は、711年のグアダレテの戦いでウィティザの息子たちを裏切り、西ゴート軍を打ち負かし、イベリア半島のほぼ全域の侵略と征服を開始しました。この侵略は、グラナダのナスリッド王国がカトリック両王によって回復され、レコンキスタが終わった1492年までの、ほぼ800年間まで続いたとのことです。